ArtからDesignまで幅広い活動を展開するマイモンが日々のつれづれをつぶやきます。

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私的思想




















引きずられるより引き込みたい


難しいですね~
明るい人と一緒にいたらこっちまで明るくなれるような
気がしません?
逆に落ち込んでいる人といると自分も落ち込んでしまう。

人の雰囲気に引きずられるんじゃなくて
自分の雰囲気に引き込める人間になりたいね。


とそんなことを考えてた。
だから常に笑っていようと心がけてるのですよ。

==

この間
数人で喋っていてとりとめのない(?)会話の
中で各々引っかかった部分があって、その引っかかった
部分が各々全然違う所だというのを知って可笑しかった。

真剣な(?)話をしているのに不用意に吹き出しそうになった。
真剣に聞くより真剣に我慢した。


私にはよくこうゆう所がある。

真剣な話をしていてその話がいくら聞いても真剣に話す
話なのか疑問を持ったがでもその人がどれくらい真剣なのかが
顔の表情を見ていて分かったとき

自分の為だけに涙を流してるとき

矛盾だらけなのにそれを正論として通そうとしているとき

みんなで話をしているけれどそれぞれの意識は違うところに
あるのを知ったとき

...............など


これらのとき、私の意識は「話の内容」に向かない。
それを「話している人」に意識がいく。
で、なんだか吹き出したくなるぐらい可笑しくなる。


それでたまに怒られるんだけどね。笑

最近気づいたこと。

私はまるいものが好きだ


ということ。

定規できちっと描いた四角形よりフリーハンドで描いた丸が好き。
静物の瓶や茶碗などを描くより形の定まらない人の顔を描くのが好き。

まるいのが好きというより、きっちりしすぎないのが
良いのだろうと思う。前から分かっていたけれど
描くモノ以外でもこれを好むって事が分かった。

どこかに「遊び」のような余裕があるのが好き。
人間関係でも、仕事でも、表現でも、うさぎでもなんでもそう。


最近気づいたこと。その2

私にスタンダードがない


どういうことかというと、
1回したことは「普通」だと思ってしまう。
つまり、作品作りで1回描いた構図は二度描きたいとは
思わなくなる。1度やってしまったことは私の中で
「ありきたり」で「普通」だと処理されてしまうからだ。

人と違うことがしたいと考えると1度したことは2度したくない。
アイディアを考えるとき前したことよりももっと違った
面白いことを求める。私の標準は前回やったこと。
だから私的スタンダードは日々変化する。

「私的スタンダード」はあるが、ないのは「一般的スタンダード」

一般的スタンダードはそうそう変わらない。
自分がしようとしていることを客観的に見ようと思っても
私的スタンダードしかないから見ようにも見れない。
比べるモノがないと独りよがりだ。


「私的スタンダード」は個性で自分なりの表現を高められるから
いいが「一般的スタンダード」がないと人には伝わらないんじゃ
ないだろうか・・・。

「私的スタンダード」は奇抜
「一般的スタンダード」はまさに標準


パフォの練習中、動きについて話をしているときに
気付いたのでした。




人生って深いねー
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